噛むことの大切さ
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認知症の予防のために大切なこと
噛めない入れ歯のために外食をためらっていませんか?寝たきりの高齢者の方が噛める入れ歯を使うようになって自立歩行が出来るようになった報告もあります。かめるということは単純なようでいてとても重要なことです。残っている歯の数が少ない高齢者ほど、記憶をつかさどる大脳の海馬付近の容積が減少していることは、10年以上も前から東北大学の医学部・歯学部の共同研究で突き止められています。この調査は、健康群の高齢者は平均14.9本の歯が残っているのに対し、認知症の疑いが持たれた55人は9.4本と少なく、歯の数と認知症との関連が示唆されたものです。同大学院歯科学研究科長の渡辺誠教授(当時)らは、これまでの医学研究で、アルツハイマー病になると海馬が萎縮することが知られており、「認知症の予防には、自分の歯の数を保つことが大切であることが証明された」としています。
噛める入れ歯が認知症予防にも繋がる
渡辺教授は「噛むことで脳は刺激されるが、歯がなくなり、歯の周辺の神経が失われると、脳が刺激されなくなる。それが脳の働きに影響を与えているのではないか」と話しています。歯が残っていることは理想ですが、歯を抜いて、噛むことの刺激を感知するセンサーである「歯根膜」を失っても、その人にきちんと合った「噛める入れ歯」があれば大丈夫との報告があります。「噛める入れ歯」を使うことによって、しっかりと「噛む」ことができるようになると、自分の歯が無くても、「脳」が刺激され、快適な生活を送ることができることもわかってきました。
日ごろからよく噛んで食べること
認知症の程度が進むにつれて、口腔の機能は悪化する現象が見られます。また、咀嚼時のヒトの脳の状態を調べると、日ごろよく噛んで食べている人ほど大脳皮質の運動野(こめかみのうしろ辺りにある)が強く活性化しており、口腔機能と認知症の関連性が推測されています。さらに、しっかりと噛んで、毎日の食事を取ることが、顔の筋肉を鍛えることになり、しわの予防、肌のハリを元に戻し、それを保つことにもなります。高齢になると多くの方に、顔や口元のしわが現れますが、その原因の一つは、顔の筋肉の衰えです。噛むことにより、顔全体の筋肉とその筋肉を支えている顔やあごの骨を動かすので、若々しさを取り戻し、生き生きと見えるようになる方が大勢います。治療を通じて、噛めるようになった患者さんの様々な変化を目にするたび、『かむことの大切さ』を、日々実感しています。
報告
噛むことは脳の刺激と関係がある
残存歯数が少ない高齢者ほど記憶をつかさどる大脳の海馬付近の容積が減少している。調査は、東北大の医学・歯学両学部合同で仙台市で行なわれました。医学領域の調査は従来の血圧や血液、心電図などの検査に加え、認知機能や運動機能、精神状態、希望者へのMRI(磁気共鳴画像化装置)検査を行って総合機能を評価。また、歯科は口腔内状況と咀嚼機能、残存歯数と認知機能との関連性などについて調査しました。検査を受けた高齢者は「健康群」(652人、55.8%)、「認知症予備群」(460人、39.4%)、「認知症の疑い」(55人、4.7%)の3群に分けられました。その結果、健康群の高齢者は平均14.9本の歯が残っているのに対し、認知症の疑いが持たれた55人は9.4本と少なく、歯の数と認知症との関連が示唆されました。さらに、検査希望した健康群と認知症予備群の高齢者195人(69~75歳)の脳をMRIで撮影し、残存歯数や噛み合わせの数と脳灰白質の容積との関係を調べました。その結果、歯の数が少ない人ほど、海馬付近の容積が減少。意志や思考など高次の脳機能に関連する前頭葉などの容積も減っていることが分かりました。これら研究成果を踏まえ、渡辺教授は「噛むことで脳は刺激されるが、歯がなくなり、歯の周辺の神経が失われると、脳が刺激されなくなる。それが脳の働きに影響を与えているのではないか」と話しています。
噛むことが記憶や学習機能に関係している
広島大学の丹根教授の研究では、正常マウスと先天的に歯の生えない大理石骨病マウスを対象として、中枢神経系の大脳皮質、海馬、視床などにおけるアミロイドベータ蛋白の沈着と海馬周辺の神経細胞数について世界で初めて検討しました。その結果、大理石骨病マウスでは、特に大脳皮質においてアミロイドベータ蛋白の沈着による老人斑の形成が多数検出されたのに対して、正常マウスではまったく認められませんでした。また、記憶・学習機能を司る海馬周辺の錐体細胞数を比較すると、大理石骨病マウスではその数が有意に少ないことが明らかとなりました。同様の結果は異なる物性の餌を与えた正常マウスでも確認され、固形餌飼育群と比べ粉末餌飼育群において、大理石骨病マウスの所見がより顕著に認められました。さらに、正常マウスを使った迷路実験の結果、ゴール到達時間が粉末餌飼育群で長くなり、実験2、3日目では有意の差が明らかとなりました。このことは、餌の物性による咀嚼を介して中枢へ伝達される刺激の差がマウスの記憶・学習機能に関係していることを強く示唆する結果と言えます。以上の結果は、常に食物をよく噛んでいる動物と比べて、先天的に歯の生えない大理石骨病マウスや恒常的に軟性食を摂取してきたマウスでは、咀嚼による中枢への刺激が恒常的に減少し、中枢神経系の各部位におけるアミロイドベータ蛋白の沈着や、記憶・学習機能を制御する海馬神経ニューロン数の減少が惹起されることを実証する世界初の発見と言えます。実際のアルツハイマー病患者の口腔内を観察すると、歯の喪失が顕著で、長期間にわたり咀嚼機能が大きく低下していることが容易に推察されますが、このことがアルツハイマー病の発症に関与している可能性が強く示唆されます。さらに、歯科治療により咀嚼機能を賦活させること、あるいは何らかの特効薬によりアミロイドベータ蛋白を排除することにより、同蛋白の沈着や神経細胞の減少を抑制し、ひいては認知症の発現を予防することができるものと大きな期待が寄せられています。
総入れ歯治療と高齢者の健康
北海道医療大学歯学部歯科補綴学第一講座 池田和博による老人病院での調査結果について老人病院に入院中の41名(男10名、女31名、平均年齢82歳)を対象に、調査を行ないました。入れ歯での咀嚼状態が「不良」の群で100%、「まあまあ」で60%、「良好」で42%が「認知症」と判定されました。また、「寝たきり」の割合は、「不良」の群で78%、「まあまあ」で65%、「良好」で50%が「寝たきり」と判定されました。これらの結果は、咀嚼機能と身体活動との密接な関連を示唆するものと考えます。さらに、使用する義歯の適否が咀嚼機能に大きく関与していることを考えあわせますと、不良な義歯を装着している患者は認知症の程度や全身状態の悪化が進行している場合が多いことを意味しています。
かみ合わせ・咀嚼が脳に及ぼす影響について。奥歯を抜いたネズミの実験で奥歯を抜いた結果、脳(海馬)のアセチルコリン濃度が下がりました。アセチルコリンというのは神経伝達物質の一つで、アルツハイマー病患者では、この濃度が低下し、記憶の状態が悪くなっていることが分かっています。奥歯を抜いてしまったネズミはアルツハイマー病と似た状態に陥る、ということが確認されたわけですので、咀嚼できないことがアルツハイマー型認知症の発症リスクになると考えられます。従って、高齢者におけるかみ合わせ・咀嚼機能の回復は、活動エネルギーの確保ばかりではなく、日常生活動作能力を高めると共に、加齢に伴う全身機能の低下や恒常性の劣化を抑制し、長寿・自立・生甲斐など、QOLを確保するための重要な因子の一つであると言えます。
咀嚼機能と全身機能の関係
東京都老人総合研究所では、都内の65歳から84歳までの高齢者405名を対象に、咀嚼能力と全身機能の関係を調査しました。その結果、咀嚼能力の高い人は低い人に比べて、天然歯数(虫歯や歯周病のない歯-噛める歯であることが重要)が多く、骨のカルシウム量が多く、開眼片足立ちの出来る時間が長かったという結果でした。この結果から、歯の良い高齢者は噛む力が強く、健康で活動的な生活を送っている姿が浮かび上がってきます。
広島県尾道市での調査結果
- 残存歯が9本以下で入れ歯を使っていない人に寝たきりもしくは日常生活に介護が要る人が多い
- 残存歯が9本以下で入れ歯を使っている人に寝たきりもしくは日常生活に介護の要る人がずっと少ない
- 残存歯が20本以上ある人に寝たきりは殆どいない、そして噛める人は寝たきりが少なく、高齢でも仕事をしている
咀嚼と高齢者の知的機能について
高齢化に伴い健康寿命の延長が日本はもとより世界的な大きな社会問題として取り上げられています。近年口腔機能と認知症の関連性が指摘されるようになり、とくに咀嚼と高齢者の知的機能が注目されています。MRIを用いて高齢者の海馬の活動レベルを咀嚼刺激により上昇させることを神経科学的に解析しました。
研究者名 | 小野塚実1)、藤田雅文1)、渡邊和子2)、久保金弥3)、横山佳朗4) |
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所属 | 岐阜大学医学部1) 神経高次機能学講座、2) 生理機能学講座、朝日大学歯学部3) 解剖学講座、4) 補綴学講座 |
- 咀嚼刺激による脳活動の変化を測定したところ、運動野、体性感覚野、補足運動野、視床、島、小脳の神経活動の増強が有意に認められました。
- 咀嚼刺激によって記憶の向上が高齢者で見られました。咀嚼刺激は大脳皮質のネットワークに適度な刺激を与えて、海馬への情報入力に促通効果をもたらしていることが明らかになりました。咀嚼は食物摂取のためだけでなく、高齢者の知的機能を保持し健康に老いるためにきわめて重要であることがわかりました。